プロの経営者

今日は一日中会議でした。

先日とある優良会社の役員の言葉で
「経営者の指示は命令ではなく、『お願い』という気持ちでやってる。それを繰り返し繰り返し言う」

この言葉を思い出しました。

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もちろん人によっていろいろなスタイルがあると思います。



私の一つの将来像にこういうのがあります。
「経営者のプロになる」
経営者もいろいろなタイプがいます。
技術系出身、営業出身、経理出身など様々です。


将来、会社が大きくなった時のためにあるべき自分の姿とは「経営のプロ」でなければならないと思うのです。
なぜ会社を大きくしなければならないか?ということですが、
会社の現状維持、ということを目標にするとすぐに業績が悪くなってしまう、ということがあるからです。

企業には常に業績が落ちる圧力があって、何もしなければお金はどんどんなくなり、時間がいたずらに過ぎていくというものがあります。
上を目指すから最低でも現状維持ができるのであって、努力を怠った瞬間に坂を転げ落ちるように下っていきます。
その勢いは恐ろしいものがあります。




<会社として、私個人として>


お客様に幸せになってほしいと願っています。
人が幸せになるためにいろいろと家を考えて商品化したり、 いろいろな情報を集めに行ったりしています。
まだまだ改善をしていかなければならない点が多いですが、大局的な見地からどうやったら人を幸せにすることができるかを考えるのは経営者としての仕事の一つです。

私は数年前に屋上庭園の家を当社で出した時にお客様が喜んでいる姿と、そのお客様から絶賛されて喜んでいる社員の姿を見てこの真髄に気づきました。
お客様の幸せと社員の喜び、これは違うようにして、実は密接にリンクしています。
あの頃から私たちの会社は何か歯車が動き出した気がします。


屋上庭園の家は確かにたくさんの棟数は出ませんが、私に大きなものを教えてくれました。


さて、私が目指している経営者像ですが、業種関係なくできる経営のプロです。
日本でも京セラの稲盛氏を始め、多くの方がいらっしゃいます。
 以下の記事を引用しました。引用文の中の赤文字のところが私が思っているポイントです。

なぜ、日本のビジネスリーダーは劣化したのか【1】:PRESIDENT Online – プレジデント

PRESIDENT Online – PRESIDENT

政治家・官僚を冷笑し、不景気に溜息をつく──。今、そんな諦めの境地に、経営者が甘んじていてよいはずがない。「責任はすべて経営者にあり」と断じる田原総一朗氏の真意は?

経済成長の昭和が終わり、バブル崩壊とともに平成を迎え、早20年余りが経つ。昭和の右肩上がりの時代には、企業は事業の拡大だけを考えて前に進めばよかった。今は違う。不況の中で、企業経営には様々な面で変革が求められている。

しかし、それをきちんと見据えられない経営者がトップ企業にも多い。高度成長の幻影と、当時の企業体質から抜け出せないのだ。それを如実に物語るのが、日本の国際競争力の低下だ。

図を拡大
国際競争力、日本は世界27位

スイスのビジネススクールが毎年発表している国ごとの国際競争力のランキングでは、1992年まで世界一だった日本が、2010年には27位にまで落ちている(図参照)。1人当たりのGDPなど、00年には世界3位だったが、08年には23位に落ちている。

これは、僕に言わせれば経営者のせいだ。巷間政治が悪い、円高のせいなどといわれるが、とんでもない。長期にわたる不況を招いてきたのは企業経営者だ。

バブル崩壊以降の20年、世界の産業構造は大きく変わった。ところが、日本だけが変わっていない。

例えば、日本の産業の中心は自動車や電機などに代表される組み立て加工メーカーだ。しかし今、国際競争の中心は電子部品や半導体などに代表される部材・装置関連産業に移っている。なのに、日本企業はそれに対応できていない。世界の産業構造の変化についていけず、強かった組み立て加工メーカーでさえ新興国にシェアを奪われつつある。

産業構造とは、企業そのものだ。不況不況というが、誰の責任かといえば、企業を変えられない経営者にほかならない。

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見どころのある人は常務止まり

かつて戦争に突っ走った苦い経験から、日本人は戦後、「リーダー」と「エリート」をずっと否定してきた。しかし、これからの経営者はリーダーであるべきだ。リーダーは人の意見を聞くが、決断は自分で下す。そして責任はすべて自分で負う。経営のプロと言い換えてもいい。

しかし、日本には、経営のプロがあまりにも少ない。一部上場企業の経営者は、極端に言えば新入社員が年を取って経営者になったというだけのもの。古びたサラリーマンにすぎない。

例えば、スイスのダボスで年に1度、世界経済フォーラムの総会が開かれる。世界のトップ経営者や国際的な政治指導者が集まる会議だ。これに出席する経営者は皆、CEOのプロだ。

CEOのプロとは、A社でCEOを務め、次いでB社に乞われてCEOに就き、さらにC社へという具合に世界のトップ企業を渡り歩いて功を成した人々だ。日本にはそういった経営のプロはいない。新入社員から持ち上がったサラリーマン経営者が多い。そこが問題なのだ。

僕はこれまで、様々な企業の取材を重ねてきた。この人は見どころがあるなと思える人物は何人もいた。しかし、そういう人はたいていトップに登りつめることなく、常務あたりで止まってしまう。

なぜか。僕がこれはいいと思う男は、チャレンジをしている。営業成績を飛躍的に伸ばしたり、新しいものや仕組みを開発したり。チャレンジには失敗がつきものなのだが、日本の企業はこれを嫌う。失敗しない人、つまり冒険をしない人をトップに据えようとする。

評論家の山本七平さん(故人)が、日本は物事が空気で決まる「空気の国」だ、と言ったのはよく知られているが、経営者の選出もそうだ。気配りができて「あいつは嫌いだ」と周囲から言われない人を選ぶ。チャレンジ精神の強い、個性的な人はトップに選ばれない。

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田原総一朗(たはら・そういちろう) 評論家・ジャーナリスト。1934年、滋賀県彦根市生まれ。早稲田大学文学部卒。JTB、岩波映画製作所、東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストとして活動を開始。著書多数。

気配り人間が社長になると、調整力を強く発揮するから、チャレンジはしない。責任の所在もうやむやになることが多い。そのくせ会議ばかりをやりたがる。役員会議というのは、極端に言えば責任を分散させるためのものだ。同じことばかり話して、何も決まらない、何も変わらない。何かを変えようとしても、えてして堂々巡りになる。1回目の会議はまだしも、2回目の会議も同じ意見の繰り返し。そういうケースが多い。

旧住友銀行(現三井住友銀行)元会長の磯田一郎さん(故人)は、晩年に評判を落としたが、頭取時代に行内の改革を行いたいと考え、そのコンサルティングを何と米系のマッキンゼー(&カンパニー)に頼んだ。大前研一さんが現役だったころだ。

「なぜ、マッキンゼーに頼んだのか」と尋ねると、磯田さんは言った。

「マッキンゼーに負けないアイデアはいっぱいある。だが、やろうとすると周りがうるさい」

銀行に限らないが、頭取や社長を辞めた人が会長や相談役、あるいは顧問という役に就く。そういうOBが経営にやたらに口を挟む。動くものも動かない。ところがマッキンゼー、つまり「アメリカの会社がこう変えろと言っている」というと、役員もOBも文句を言わない。アメリカにコンプレックスを持っているからだ。磯田さんはそれを利用した。

しかもマッキンゼーでは、2回目の会議で前回と同じ意見が出ると「それはもう議論しましたね」と言ってはねつける。だから、会議を重ねると議案がどんどん先に進むという。磯田さんは「住友銀行中興の祖」といわれた人だが、頭取時代の改革を振り返って、「それがよかった」と言っていた。

だが、調整型の経営者にはこれがなかなかできない。日本の企業が持つ構造的な問題と言っていい。だからこの20年間、世界の産業構造がどんどん変化したのに、日本の企業は変われなかった。


どんな業種でもできる社長。そして成功させる社長。それがまさしくプロの経営者なのです。
政治がどうとか、景気がどうとか他責にしていては簡単に転げ落ちるだけなのです。
会社への下落圧力に打ち勝ち、社員にいつまでも喜びと、お客様に幸せになってもらうには自分が良き経営者になるしか道はないと思います。